Lv.1
忍耐を乗り越えて愛と安らぎ
先月の日記で「価値観が変わった」と書いたので、今日はそれに関するお話。

私が通うボルダリングジムの店長は慶応卒(中退と聞いた気もするが)だけど、近所の競合店を相手に試行錯誤する日々を送っている。
私がほぼ毎週通う喫茶店のマスターはさりげなく京大卒だけど、本人曰く喫茶店の経営はカツカツ。

「幸せな人生とは何か?」というのを考えたとき、優先順位がかなり上のほうにくるのは「お金」だと思っていた。
収入はなるべく多い方がよくて、そしてそれは一時的なものではなくて安定的な方がいい。

学歴はそれに直結すると思っていた。
一応大学受験を経験したものとして、東大、京大、早稲田、慶応なんて、どう頑張っても受かる気がしないような領域だったことは確かに覚えてて、先述の二人はそれほどの学歴を持っているのに私のイメージとは違う身近な存在なので、意外とそうでもないのかもしれないと最近思うようになった(失礼)。


以前NHKのプロフェッショナル仕事の流儀で、チーズ職人が主役の回があったのを思い出す。
その職人が作るチーズは数多の三ツ星レストランからも注文が殺到するほどの逸品だけど、職人は今以上に生産量を増やすつもりはない。
その理由は「十分豊かだから。」とか、「家族で作れる以上のことはするつもりはないから。」とのこと。
チーズ工房と牧場を家族で運営しており、みんなが健康で、幸せに暮らすだけの十分な収入があるんだから第三者を介入して拡大してまで金儲けするつもりはないんだとか。

学歴だけじゃなくて、収入の多寡も「幸せな人生」に直結するわけではないのかもしれないとか思う今日この頃。
喫茶店のマスターも、ジムの店長も、好きでもない仕事で収入を得るより、自分の好きなことをしたいと思って選んだ道だったのだろうか。


勤務先がブラック企業化してからの生活で辛かったのは、趣味に割く時間がなかったことが大きかった。
月の残業時間はピーク時で150時間。土日も通常勤務のような生活で最大19連勤。
一応残業代はちゃんと出てるので収入は増えたのに、ちっとも幸せではなく、遅くとも20時には家に帰れてた以前の生活に戻りたいと今もずっと思っている。


峯の結婚式で由美さん(峯の嫁)の上司がスピーチで「幸せはいつも自分の心が決める」と言ってたのを思い出す。
あいだみつをの言葉の引用だけど、私もこの言葉に共感している。

独身というだけで「孤独」「悲惨」「負け組」「かわいそうな人」みたいな視線を感じることはよくあるけど、ご存じの通り趣味に没頭してしまう性格なので、お金も時間も既婚者にはできないような使い方で好き放題やれて、私は十分幸せです。


ジムで知り合った人の中に、自分と同年代なんだけどもフリーターで、今はコンビニの深夜バイトをしている人がいる。
彼もまた、幸せなんだろうか。
それもまた「自分の心が決める」のであって、他人が決めることではないのだろう。

最近なんとなくまた、つっちんに会いたい。
つっちんとは数年に一度、私から声をかけて会ったりするけど、思い返せばそれはいつも自分の人生の指針にもやもやと迷ったときだった気がする。

高校以降は疎遠になってしまっていたけど、小学生のころは毎週つっちんの家に遊びに行き、どちらかがゲームをやっているのを横で見たり、少年ジャンプを読んで過ごしていた。
収入とか学歴とか、勝ち組とか負け組かとか、そんな概念を知らず、せいぜいどっちの方がゲームが上手いかとか、漫画の続きが気になったりとか、ただ土日を楽しく過ごすことだけを考えて、それだけで十分幸せだった。
自覚はなかったけど、つっちんに会うことで、あのときの感覚を思い出したいと私は思っていたのかもしれない。

この日記の最後の方を書きながら涙が出たのはなぜだろう。
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