Lv.1
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とある町のとある自転車屋のとある日のこと。

自転車を持った少年がやって来た。歳は小学校低学年ぐらいだろうか。
「ん?どうした?」
店の親父は少年に話しかけた。
すると少年の表情はみるみる崩れ、泣き出してしまった。

やれやれ。これだから子供は嫌いだ。
なんで話しかけただけで泣かれなきゃならんのか。
会話が成立しない。

しかしこっちも30年以上自転車屋をやってきた手前、持ってきた自転車のタイヤがパンクしていることからだいたいの事情はわかる。
タイヤがパンクしたので家まで帰れない。でも修理代を持ってないから直せなくて困ってる…そんなとこだろう。

「タイヤ直してやるからちょっと待ってろ。」
そう言いながら親父は少年にオロナミンCを渡した。

今まで数えきれない数のタイヤを直してきた。
ほとんどの作業は目をつむっててもできる。
作業に取り掛かると、少年は泣き止み、興味深そうに親父の手元を凝視していた。

「どうやらこいつが犯人らしいな。」
タイヤのチューブに食い込んでいたガラス片を取り出し、少年に見せた。

パンクを直した後、[パンク修理代 1,000円になります。]というメモに、店の住所と連絡先を書き添えて少年に渡した。
その日のうちに再び少年は母親と共にやってきて、料金は支払われた。

母親に催促され、「ありがとうございました」ときごちなく言っていた少年だったが、それを機に近くを通るたびに挨拶を交わすようになり、それがやがて居座って長話をするようになっていった。
片手にはいつも、あのときと同じくオロナミンC。


親父の自転車屋のすぐそばに、大手自転車チェーン店の支店ができることを知ったのはそれからほどなくしてだった。

ここらで潮時かなぁ…。親父は思った。
ここ数年、自転車の売り上げは右肩下がりだった。修理なんて大した収入にはならない。
最近のロードバイクブームに便乗しようにも、むしろそれこそが大手の得意分野だ。
付け焼刃の知識で太刀打ちできる問題じゃない。
幸いにも、残りの人生を細々となら食つなぐだけの蓄えはあるし。

次に少年にあったとき、親父はそれを打ち明けた。
「実はなぁ、来月に店を閉めようと思うんだ。」

少年の手からオロナミンCの瓶が滑り落ち、コンクリートの上でゴツッと音を立てた。
「なんでだよ!!大きくなったら弟子にしてくれるって、この店を継がせてくれるって、言ったじゃないか!!」
そう言って少年が走り去った後も、オロナミンCの甘ったるいにおいが残っていた。

少年は、それ以来店に姿を現さなくなった。
代わりになぜか、パンク修理の客がやけに多い日が続いた。

ある日、親父は気付いた。
パンクしたタイヤからはどれも似通った茶褐色のガラス片がでてきた。
次の日も。そのまた次の日も。

そのガラス片が、割れた瓶らしきことには気付いていたが、特徴的なひし形模様でそれは確信に変わった。
これは全て、オロナミンCの瓶だ。
――まさか…


そう、もしもあなたの自転車がパンクすることがあったなら、それはどこかの心優しい少年の仕業かもしれません。


――――――――――――
以上、自転車がパンクする度に伊藤が空想する物語。

伊藤の空想。
空想の伊藤。
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