Lv.1
年末年始に実家にいると思い出すこと。

あれは私が中学2年のときのこと。
当時私は陸上部の、長距離走でキャプテンを務めていた。
それなりに頑張り、それなりに速い方だった。

そんな中2の冬休み、親戚たちが帰省してにぎわう実家で、年末年始のセールのチラシの中から叔母が目を止めたのはホームセンターの目玉商品だった。
カッパの上下セットが780円。
叔母は、私が陸上部の普段の練習のとき、雨が降ったらこれを着ればいいと買う気満々になった。
(叔母のイメージは見た目も性格も上沼恵美子みたいなものだと思ってくれればOK。関西に推定2万人生息しているタイプ)

しかし、私はそれを絶対に着たくない理由があった。

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雨天時のランニングウェアといえばこういうもの↑だが、
叔母が買おうとしてるのは日用品のカッパ↓
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そのへんの原チャリに乗った上沼恵美子たちが雨の日に乗ってるやつである。
通気性だとか、軽量化への考慮はさておき、日用品を無理やり着てきてるのがバレバレで、こんな恰好で走っている奴なんていない。

毎月鳴門陸上競技場でタイムを計る記録会があるんだけども、もしその日に雨が降り、グランドでこんなものを来て走ろうものなら、他校の陸上部たちに二度見、三度見どころか十五度見ぐらいされた上、「おい、あんなん着て走ってるやつおるぞ!!」と友達まで呼んでこられるのは確実。
絶対に着られないカッパがここにある。
絶対に買わせるわけにはいかない。

しかし、完全に買う気満々な叔母を穏便に説得するのは至難の業。
はっきりと「こんなダサいの着れない。どうせ買うならちゃんとした競技用のカッパが欲しい。」と言えれば楽なのだが、当時は今ほど市民ランナーがいなかった時代。
競技用のカッパは15,000円はした。
780円のカッパを買おうとしている叔母からすれば、ただ「ダサイから」という理由だけで20倍も値の張るものをねだられるのは「なんてわがままな奴だ」と思われるだけ。

私は言葉を選んで、買う必要がないことを主張しようと頑張った。
「毎日着替え持って行ってるしちょっとぐらいの雨だったらタオルで拭いて着替えたらどうってことないし…。」
「走れんぐらいの雨の日は室内用の練習メニューとかするし…。」
「競技場にも雨の日用のブルペンみたいな屋内のスペースがあるし…。」
などと思いつく限り並べてみたが、「780円なんやから買うとき」の一点張り。
もはや完全に聞く耳を持っていない。

さらに、上沼恵美子の声量を察知した祖母も加勢してきて、「雨降ったら風邪ひくで」などと、子供一人を相手に叔母と祖母が大人二人掛かりの波状攻撃。
根負けしてしまった私は、「もうそんなに言うなら勝手に買ってくれば」と、絶対に着たくないカッパを買ってきてもらうという意味不明な状況に気付けば追い込まれていた。

ほどなくして、叔母は夕飯の買い出しのついでに目当てのカッパを買って帰って来た。
二階で漫画を読んでいた私は「カッパ買ってきたから履いてみ。サイズ合えへんかったら返してくるし」と一階に呼ばれると、なぜか部屋には親戚のほとんどが集まり、私のカッパの試着を7,8人が見届けるという異様な状況になっていた。
「うわ!!これは逃げられない!!」と思いつつ、「サイズが合わなければ返してくる」と言われたことが唯一の光明だと思った。
「どうかサイズよ合わないでくれ!!!」と祈るようにカッパのズボンに足を通したが、膝まで履いた時点で残念ながらおそらくジャストサイズな予感を感じ、私の手は止まった。

私は本当に、これを着て鳴門陸上競技場を走らなければならないのか…!!!

フリーズした私に、叔母が苛立った声で言う。
「ほら、はよ履き。」

叔母には小さいころから可愛がってもらっていた。
お年玉も毎年もらっていた。
しかしいつからだろう。こんな有難迷惑をするようになったのは。
その違和感を感じ始めたのが何年前だったかはもうわからないが、私はその数年分の勇気を振り絞った。

「これはやっぱり…かっこ悪過ぎる!!!」

そう言い残してカッパを脱ぎ捨て、部屋を出た。
しかしやはり後が気になった私はバタンと閉めたドアの裏側から、部屋の様子を伺っていた。

突然のことに親戚一同は水を打ったように静まり返っていた。
そしてしばらくの沈黙の後で叔母が、「何よ、せっかく買ってきてあげたのに…!!」と、小さく呟くのが聞こえた。


何がいけなかったのか…。
私が悪いのか?

買わなくていいことは叔母の面子を潰すことがないよう気を使って説得しようとしたのに聞く耳を持ってくれなかったのはそっちではないのか?
大人気ないのはどちらなのか?

今の私から見て、中学生というのは確かに子供にしか見えないが、中学生は中学生なりの世界があり、そのルールの中であれこれ考えて生きているのだ。
私の家では、子供の意見は「わがまま」と切り捨てられるのに、大人の意見は無条件に「正論」になり、いつも子供の意見に聞く耳を持ってもらえなかった。

このカッパを巡る一件は笑い話として聞いてもらいたいと思いつつも、自分の育った家への理不尽さを感じさせられる出来事のほんの一例に過ぎない。

せめて私はこの出来事を反面教師として、有難迷惑をしてしまわないためにも、相手の立場に立って考える気持ちを忘れないでいたいものです。
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