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いつぞやサカナクションの山口一郎さんが、「SNSがなかったころの別れの歌が好き」
と言っていた。そのとき例として挙げていたのはイルカの「なごり雪」。


私の解釈では、なごり雪という曲は大学生活で連れ添った彼女が地元に帰る、その別れを惜しむ歌。
駅のホームで汽車を待ち、その汽車に彼女が乗れば多分もう二度と会うことはない今生の別れ。

確かにこの歌の持つ哀愁は、その当時だから書けた歌詞ならではかもなぁなんて思う。
今はSNSがあることでいつでも気軽に連絡が取れたり、連絡を取らなくてもいつ誰が結婚したとか子供が生まれたとかいった情報が勝手に入ってきたりする。

時代が進んで便利になったりすることで、逆になくなっていく情緒とかもあるんだな。


そんで、私の勝手な妄想ではあるんだけども、今生の別れというものがなくなりつつある昨今、最終的には死別でさえもなくなるのではないか?ということ。
iPS細胞をはじめとする医療の進歩により、老化しても臓器を取り換えるなどしていつまででも生きられるようになったりしたら、それでもう死別はなくなる。

別の方法として、最近では生きてる人間の性格、経験、記憶などのデータをコピーすることで、コピーロボットを作るぐらいのことはできるところまできてるらしい。
その場合、誰かが死んでもコピーロボットが生きてれば、本人が死んでも残された家族らにとっては生前とあまり変わらないコミュニケーションが取れたりするわけで、これも死別の意味をかなり薄くすることにつながる。

漫画や映画などで主要キャラが死ぬのは敵でも味方でもかなりの見せ場になるけど、死別の意味が薄らいだら、そういったシーンから感じさせられるものもまた薄らいだりする日がくるんだろうか。
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おまえ、もしかしてまだ、自分は死なないとでも思ってるんじゃないか?
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