Lv.1
17330.jpg

じいちゃんが死んでもう一年が経ったのか。早いなぁ。

私は知らなかったけど、じいちゃんは恩給という旧軍人が受け取る給付金をもらっていた。
そしてじいちゃんは、もらった年金と恩給を、親戚内で家計に苦しんでいる人に全部あげていた。
寝たきりになってからじいちゃんは、次に年金と恩給をもらえるのはいつかを気にしていた。

じいちゃんが他界したのは最後の恩給を受け取って数日後のことだった。
多分じいちゃんは、残された者のために少しでも多くのお金を残そうと精一杯生きて、最後の恩給を受け取ったら気が抜けたんじゃないかな、と親戚みんなで言っていた。

最後の1か月、じいちゃんはお見舞いに来てくれるみんなに「ありがとう」「ほんまに嬉しい」「幸せじゃ」とよく言っていた。
残された者に感謝しつつ、自らも感謝されながら死ぬという偉大な死に方だったなぁと思った。



去年の四月の初旬、「これで会えるのは最後かもなぁ」と思いながら私は帰省していた。
最後の会話になるかもしれないと思うと、そのとき何を言おうかをずっと考えていた。

「また元気になったら一緒に桜を見に行こう」とか言おうと思っていた。
でも帰ろうとした日はあいにくの雨で、桜は散ってしまっていた。

だから私は
「外の桜はもう散ってしまったけど、来年の桜を一緒に見に行こう。
 しんどかったら車椅子押して行ってあげるし。」
そう言った。

じいちゃんは、
「ありがとう、こんなに嬉しいことはない。」
と、喜んでいた。

暗い空気になるのが嫌だったから、泣きたくなかったけど、横にいたばあちゃんや叔母が泣いたから、結局私も泣いてしまった。
年齢と容態から、もう長くないのは本人だってわかっていただろう。
でも私はせめて最後は優しい言葉をかけたかった。

そして、それはやっぱり最後の会話となった。
葬儀のときも、先日の一周忌のときも、あの時の私の一言をじいちゃんは本当に喜んでいたとばあちゃんが教えてくれた。

葉桜を見て、あのときのことを思い出すと共に、桜が散るや否や我先にと葉を広げ、緑色が桜色をあっというまに逆転する景色からは力強い生命力を感じさせられる。
散った桜に代わる若葉として、私もまだまだ人生を謳歌しなければ。
と、それっぽく締めくくってみる。

17328.jpg
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
表現として適切じゃないかもしれないけどとてもいいお話。
私すごおくおじいちゃんこだったから、それだけでもすごい感情移入してブログ読みながら泣いてしまった///
FDSのおじいちゃんはとても優しくて素敵なおじいちゃんだったんやなあと思うお話でした。ありがとう。
2014/04/19(土) 11:33 | URL | いわりえ #-[ 編集]

>いわりえ
暗い日記になってしまうのはわかってたけど、じいちゃんが立派な人だったという記録を残しておこうとか、他の人にも知ってもらおうとか、生きてる人が亡くなった人にできることといえば忘れないでいてあげることかなとかいろいろ思って書いてみました。


いわりえはおじいちゃんを幼い頃に亡くしてるんだったよな?
幼い頃は受け入れられない、受け入れたくない悲しさみたいなのがあるかもしれんけど、大人になると
「もう年齢的にもしょうがないんかなぁ…」と、変に受け入れてしまう感じで、それがなんだか辛いというか悲しいものがありました。
2014/04/25(金) 22:29 | URL | fds #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する