Lv.1
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小学六年生のときの担任の佐藤潔(きよし)先生は怒ると怖い熱血体育教師だった。
3学期、卒業文集をみんなで作ることになったとき、伊藤は潔先生に寄せ書きのページの作成を任された。

「寄せ書き作るの、いとっち(伊藤のあだ名)やってくれるか?」
「はい。」

と、私は潔先生が好きだったので、仕事を任されたことが嬉しかった。

A4の紙の中心に円を描き、そこから放射線状に線を引くというオーソドックスなものを作ろうと思った。
当時のクラスは40人だったので、360°÷40で、9°間隔で線を引いて、あとは一人ずつ出席番号順に書いていってもらえば簡単に完成するだろう…と思っていた。
しかし、出席番号1番の上谷君がさっそく「俺の書くとこめっちゃ狭いんやけど。」と言ってきた。

言われて気付いた。
ピザを切り分けるように、円形のものならば等間隔の角度に切り分けるだけで面積は等しくなるが、長方形で同じことをしても、面積が全く違う。

寄せ書き


「ほんまじゃ…作り直すわ。」

そして伊藤は頑張った。
小6までに習った図形の面積の求め方を総動員して、一人分の面積を一つ一つ計算し、その面積が40人とも極力等しくなるよう、線を引く角度を何度も消しゴムで消して書き直しながら微調整を繰り返した。
休み時間や昼休みを潰して、そんなアナログ極まりない方法でようやく完成させた。

あとはみんなが書くだけだ、と再び出席番号順に回覧した。
しかし、回覧の途中で寄せ書きの紙を紛失した馬鹿がいた。

怒りと失意に打ちひしがれつつ、伊藤は職員室に行き、潔先生に
「先生…寄せ書き用の紙…もう一枚ください…」と、泣きそうになりながら言った。

潔先生は急遽次の授業を変更して学級会を開いた。
最初に紛失した寄せ書きの行方を追った。

峯田容疑者は自分に回覧されたとき、「用事があったから先に次の出席番号の大谷君に渡した」と主張するが、
大谷容疑者は「僕も用事があったから峯田君に返した」と主張する。
二人のうち確実にどちらかが嘘をついていて、どちらかが失くした犯人なのは間違いないが、それを突き止めたところで肝心の寄せ書きは出てこない。
(そもそも小学生ごときが『用事』ってなんやねん。犯人だとバレたら潔先生に殺されるのわかってるから嘘もつくだろうけども。)

そんなむかつくやりとりのせいもあってか、潔先生がブチギレた。
「さっきいとっちが職員室に来て、『先生…寄せ書き用の紙…もう一枚ください…』ってわしに言うてきたんじゃ!!!
 なんとも悲しそうな、寂しそうな声やったわ!!!!
 この中に寄せ書き失くした奴がおるくせに、平気な顔して遊びまわっとんのがわしゃー許せんのじゃ!!!!!!」


自分のために潔先生がブチギレてくれていることが、伊藤は嬉しかった。
悲しさが報われた気がしたし、ヤクザの親分が味方になってくれているような頼もしさは今でも覚えている。
そして、誰かのためにブチギレられる男のかっこよさを伊藤に教えてくれたのは悟空と潔先生かもしれない。

くりりんのことか

しかし、最近になってもっとよく思い出すようになったのは、その後日のこと。
結局再び寄せ書きの紙を作り直そうとしていた伊藤に潔先生が声をかけてきた。

「いとっちよぉ、やっぱり寄せ書き、もう辞めてもええよ?」
「え!?なんでですか?」
「『あの時、寄せ書き作ろうとしたけど、作れんかったなぁ…』っていう思い出として残すのも、それはそれであると思うよ?」
「え…?いや…でも…」

あまりに意外な提案だったので、何と言い返していいのかわからなかった。
例えばテレビなどではよくスランプを克服して結果を出したスポーツ選手であるとか、偉大な発明の影には何度も失敗があったことなどが取り上げられ、「諦めない」ということを美徳とする風習はいつの時代も常にある。
映画でも漫画でも小説でも、そういった物語を描いた作品は掃いて捨てるほどあるのに、結局みんなそれに感動してしまう。
伊藤少年も当然そうだったし、正直伊藤中年は未だにそうだったりする。


学校の先生も、普通なら生徒に諦めないことの大切さを教えるのではないだろうか。
そんな中、よりによって熱血教師の潔先生から「諦める」という選択肢を出されたことが歳を取るごとに大きな違和感になってきた。

伊藤少年の答えとしては、諦める男か、諦めない男かを試されている気がしたので、先生にいい所を見せようとして結局諦めず、今度こそ寄せ書きを完成させる道を選んだ。。
でも今思い出すと、あの時の潔先生は試してたのではなく、本当に「諦めていいよ」と優しく言ってくれていた。

―――――――――――――――――――――――――――――

【問】あの時、潔先生はなぜ諦めていいよと言ったのでしょう。

①伊藤の重荷を取り払ってあげようという優しさからそう言った。

②「諦める」という選択肢を選んでしまったときの悔しさ、やるせなさ、後味の悪さをみんなに教えようとした。

③伊藤一人がいくら頑張っても、それを台無しにする馬鹿がこのクラスには何人もいることに気付いていたから。

④実はなんとなくもう面倒くさくなってきてた。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

この中のどれかだと思うけど、正解は潔先生に聞いてみないとわからないし、潔先生でさえもう忘れているかもしれない。
諦めてもよかったのか、諦めなくてよかったのかもわからない。

一番最悪なのは、正解が②で、しかも諦めていた場合。
他のみんなは絶対忘れているし、何も学ばなかったと思う(特に峯田君は)。

それを考えると、諦めるよりかは諦めなくてよかったのかな…と今は思っている。

潔先生に限らず、恩師の年齢に近づくことで、恩師たちとのいろんな思い出を思い出し、昔と違った感じ方をするようになってきた。
こうしてみると潔先生は、怖かったけども厳しさよりも優しさの印象が強く残っている。

メチャメチャ厳しい人たちが不意に見せた優しさのせいだったりするんだろうね。(from微笑みの爆弾)

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コメント
この記事へのコメント
心から申し訳ないけど全く覚えてない。。
伊藤君のブログを読むたび、昔の事もっと覚えていたいって思うようになっています。

あとあたしも潔先生大好き!
潔先生と入江先生はほんま大好きで
大人になってから一緒に飲みたいと思いつづけて何年たったかな。。。

今度飲み会開くとき、潔先生誘ってみようかなー(連絡先調べな分からぬが)

あと、
「『あの時、寄せ書き作ろうとしたけど、作れんかったなぁ…』っていう思い出として残すのも、それはそれであると思うよ?」
ってめっちゃ潔先生っぽいね!

ともっちが腕骨折したまま卒業アルバムの撮影せなあかんくなったときも
「これみたらそういやこのときともっち腕おっとったなあ。って思い出に残るなあ。」
っていうてたよね。
あのとき密かに感動したなあ。(長くなってしまった)
2013/12/23(月) 11:58 | URL | いわりえ #-[ 編集]
なんか書いてるうちにリアルに思い出してマジで腹立ってきてしまった(^^;)
けど自分以外全員忘れてるようなことを思い出させるのが俺の役割みたいに思ってるんで大丈夫ですよ!!

俺も会って、いろいろ話たいなぁ。
確か先生は「スナックわがまま」というマッチorライターを持っていたのは覚えているけども、
スナックわがままを探す気にもならんし、先生に偶然会いたいからって店に入る気にはならんけども(スナックには懲り懲り)

学校の先生って担任になったクラスのことどれぐらい覚えてるんやろね。
20年分以上全部覚えてたりするんだろうか。
だとしたら学校の先生って凄いよね。

なので、それに負けないぐらい俺も先生のこと、凄く覚えてますよ、先生にすごく大きな影響を受けましたよ というのを伝えたい気分です。

他愛もない話しだったら無数にあるからねぇ。
授業から雑談に脱線するのはいつものことやったけど、なぜか家電とか車のメーカーの話になってたことがあったのが印象的。

・パナソニックは蛍光灯の横の小っちゃい電球を作ることから始まった。
・ソニーは世界的な大会社で、東大京大ばっかりの天才集団
・東芝の商売は国民的アニメであるサザエさんのスポンサーなのが大きい。
・自動車メーカーのトップはトヨタと日産やけど、バイクのトップは実はホンダ。

みたいなことを教えてもらって、そのイメージは今でも残ってるかも。

他にも、給料日にみんなの前で給料袋から現金を出して、
「ローンにこんだけ、生活費がこれだけ、息子と娘のお小遣いがこれだけ、そんで残ったこれだけがわしの月の小遣い。」
みたいなのを説明してくれたり、教室でタバコの煙を使ったパフォーマンスを披露したりとか。

教頭先生になったとかいう噂をいわりえから聞いた気がするけども、今はどんな感じなんやろうね。
潔先生が現代のモンペアとはどう戦ってるのかにも興味あるわ。

一番インパクトがあった、先生じゃなくて生徒に授業をさせるなんていうシステム、今やったら大問題やろうしね。
2013/12/25(水) 07:44 | URL | fds #-[ 編集]
給料しか覚えてない。。

娘のバレー?のシューズ代に。。。

って言ってたような。月22万くらいって言ってたと思うけどほんまかなぁ。しかも、振り込みじゃないんや(゜ロ゜)

校長の平均年収は1100万らしいね。教頭で1050万だったはず。
2014/01/06(月) 12:13 | URL | いんとう #-[ 編集]
>いんとう
俺は具体的な金額は全然覚えてないわ。
あの当時潔先生は40だったと思うので、40で子供二人で手取り22万ってのは少なすぎる気がするんやけど…。

穴小のときの奈良井校長の退職金が500万という噂は覚えてる。

あと、潔先生の娘がやってたのはソフトボールだった気がする。
バレーをやってたのは息子だったと思う。
2014/01/06(月) 20:25 | URL | fds #-[ 編集]
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