Lv.1
奇跡というものを体験、あるいは目撃したことがあるだろうか?
壮絶な事故現場から奇跡的に一命を取り留めた、あるいは生き別れの肉親と奇跡的に再会したなど、世の中にはしばしば「奇跡」といわれる出来事が起こる。
私が今までの体験の中で一番「奇跡」と呼ぶにふさわしい出来事は、ある日曜の小学校のグランドで起こった。

大谷の家へ遊びに行ったときのこと。ゲームを大谷の兄貴に交代した少年たちはすぐそばにあるグランドで遊ぶことにした。
このとき大谷は近所の駄菓子屋で買ったソフトグライダーを持ってきていた。
わずか120円程度のおもちゃだが、スチロールでできた軽量なボディと、先端に付けられたプラスチックの重しによって、抜群の飛距離と安定性のある飛行機だ。
輪ゴムに引っ掛けて飛ばすことで、飛距離とスピードはさらに伸びる。

やがてそれにも飽きてきたころ、グライダーの主翼をはずし、ロケットのような形状にして、真上に向かって発射する遊びを発明した。
高さ10mは飛んでいるだろうか。見えなくなるほど小さくなり、そして矢のような速さで落下してくる。

大谷が上空へそれを放った直後、グランドに大谷の祖母がやってきた。
そろそろ5時。誰かの親が迎えに来たことを報告しに来てくれたのだろうか。
ゆっくりと歩み寄ってくるまー君のばぁちゃん。

このとき、ニュートンがリンゴを見て発見したという万有引力は、地球上すべてのものに等しくかかっていた。
グランドに立っていた少年たち、そのもとへ歩み寄るまー君のばぁちゃん、そして空へ放たれたソフトグライダーにも。
グライダーはやがて上へ進む推進力を失い、放物線を描き、ゆるやかに落下を始める。
重力の力を借りて指数関数的に落下速度を上げる。
風向き、風速、気圧、天気、温度、湿度・・・すべてのコンディションは一つの奇跡を起こすべく、このグライダーをある場所へと導いていった。

「伊藤くん、お父さんが迎えに来tズボォ!!!!!!!

なんと、グライダーがまー君のばぁちゃんの顔とメガネの隙間に挟まったのだ。
上空10mから動いている標的への落下。しかも頭に当たるくらいならともかく、顔とレンズのわずか1cm弱の隙間に滑り込んだのだ。
尾翼がレンズの淵に引っかかり、グライダーがメガネに挟まったままぶら下がっている。まさに奇跡。

その場にいた誰もが大爆笑!!!・・・と思いきや、あたりを時が止まったかのような静寂が包んだ。
風が吹き、土埃が舞う。その埃が掃われた中に現れた光景は、呆然と立ちすくむまー君のばぁちゃんと、死んだように地面に倒れた少年たちであった。

あまりに爆笑しすぎると声を出さず、酸欠状態で笑い転げる。この場にいた全員がその状態に陥っていた。
笑いすぎて、四肢の筋肉が弛緩し、脱力のあまり立てなくなる。
ハイキックをもろに食らったK-1選手のごとく、崩れるように倒れこむ。
うつ伏せ、仰向け、四つん這い。それぞれが地面に這いつくばる。

顔の笑いジワを普段の倍にして笑い転げる藤川、孫のくせに容赦なく笑う大谷、全身をヒクヒクと痙攣させて笑う印藤、胎児のように体を丸めたまま横になる伊藤。

――――――――――ッ!!!!!

腹筋が収縮したまま硬直し、横隔膜が動かない。肺に空気を送り込めない。
(ヤバイ・・・!!!酸素が・・・!!!このままでは笑い死ぬ・・・!!!!)

再び風が吹き、椋の木が葉をざわつかせる。

――――・・・・クックックック・・・クククク・・・フフフ・・・ハハハハハ・・・・

徐々に呼吸を整え、次第に声を上げて笑い出す少年たち。

ハハハハハ!!!!ハッハッハッハッハッハ!!!!ア――ッッハッハッハ!!!ファハハハハハハハハ!!!ハハハハハハハハハハハ!!!!!

大谷が海老のように体を仰け反らせ、藤川が両足をバタバタとバタつかせ、印藤が地面をバンバンと叩く。
伊藤は肘を地面に付き、頭を抱え込むように跪いていた。

家に帰らないといけない寂しさ、明日から学校というやるせなさ。
そんなものを全て吹き飛ばすように、気が狂ったように笑い続けた。

笑い声は夕日の照らすグランドに響く。
本当に、あのまま時が止まって欲しかった。
本当に、あのまま笑い死んでしまいたかった。

夕日は変わらぬ早さで傾き続け、強い風が笑い声を流していった。
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参考画像:ソフトグライダー



あとがき

―結局こうなってしまう―


まずはじめに、勝手にネタにしてしまったことをまぁ君のばぁちゃん及び大谷家の方々に深くお詫び申し上げます。それにつきましてロケット墜落時のリアクションなどもコメントを差し控えさせていただきます。

さて、久しぶりの新作です。筆を取るにあたりモチベーションというか、何かきっかけが常にあるわけですが、今回のそれは「ただひたすら狂ったように笑った」という思い出を書きたい、そんで、「実はあまりにおもしろすぎると辺りを静寂が包む」ということを表現してみたかったというものでした。

これとはまた別のエピソードで、小6のときに休み時間にサッカーをしているとき、試合中にりゅっつぁんの一言でその場にいた全員が走りながら崩れるように、糸の切れたマリオネットのようにバタバタと倒れ、試合中断になったこととかもあります。そのときもやはり一瞬にして無音でした。

なので、その様子さえ満足に書ければいいやって感じだったんですが、この終わり方でよかったのかなと少し後悔している自分がいます。なんだか、こういう切ない終わり方って今までにもあったんですよね。「切なさへのエントリー」なんてタイトルからしてそうだし。

笑って笑って、テンションの高いまま終わる・・・という風にしたかったんですが、自分の力量不足から、いざ書こうとなると、笑って、笑って、笑いまくって・・・・で? みたいな感じになって、オチないんですね。だから結局こうなってしまいました。

でも、実際に過去の思い出に浸るときって、楽しければ楽しいほど懐旧からか切なさというものは表裏一体となって付いてくるわけで、ひたすら笑いまくってるだけのこの思い出の中にもそれはあるわけです。なので、少なくともこの終わり方、この表現の仕方に嘘はないのではないか、というわけでこの終わり方を選びました。

これが正しかったかどうか、もっといい終わらせ方もあったかどうかはまた数年後に読み返してみて、気が向いたら手を加えればいいかなとか思ってます。

他にも裏話はあるんですが、それを書いてるとあとがきの方が本編よりも長いとかいう状態になってしまうんで、まぁ会ったときにでも機会があれば・・・。ではでは。




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【伊藤望】1984年徳島生まれ。2005年「切なさへのエントリー」にてデビュー、穴吹新人作家賞受賞。同年「嘘とトイレと観覧車」にて峯田賞受賞。以降、幼少時代への強い執着により自らの思い出をノンフィクション小説として気の向くままに執筆活動中。写真は卒業アルバムより。
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コメント
この記事へのコメント
あのばっちゃまのメガネにやっちまったんやろ?
何回聞いても笑っちまうwww

ばっちゃまのリアクションはどうだったのさ?(*゜▽゜)ノ
2006/09/02(土) 01:19 | URL | dodon #-[ 編集]
目医者の待ち時間に携帯から読んだんやけど・・・きもい女の子になった(笑
ケータイ見ながら笑いこらえてたよ。。。

おもろすぎやし!!!fdsのノンフィクション小説大好き★
おもっしょいだけじゃなくて終わりのほうはなんか切ない感じやしな。
マジで本にしてあたしの本棚に並べたい。
2006/09/04(月) 14:57 | URL | ちっぷ #-[ 編集]
あとがきを追記してみました。
2006/09/04(月) 23:24 | URL | fds #-[ 編集]
最高です!!!!!
2006/09/05(火) 01:18 | URL | ちっぷ #-[ 編集]
西康が珍しくクールな表情で写ってるのがなんかおもろいな。被り物とのギャップが。
2006/09/06(水) 00:15 | URL | fds #-[ 編集]
やっぱセンスえぇなぁ~
おもろすぎ!!

お気に入りに追加しといたぜぃ☆
2006/09/09(土) 21:26 | URL | ほそまつ #-[ 編集]
できるだけ毎日更新するんで毎日見てくれぃ。

ところでブログのタイトルだけ変わったな。
開き直っちゃったん?なんなら俺が変わりに管理するでよ。
2006/09/09(土) 22:41 | URL | fds #-[ 編集]
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