Lv.1
お盆の話はまだもうちょっとあるんですが、ちょっと後回しにします。

小学校の時、死ねと思った思い出

どれも共感できます。
共通しているのは、先生が子供を子供扱いしすぎていることだと思う。

「所詮子供だから」みたいな感じで、辻褄の合わないことを強引に押し通そうとしたり、そのくせ生徒の言い分は嘘、子供の屁理屈みたいに決め付けて聞く耳も持たない。
子供ながらに納得いかないもんは納得いかないっつーの。

大人になって思い出して「やっぱり今考えてもおかしい」みたいなことはいろいろありますよね。
まぁ小学校時代なんだからそんなに死活問題でもない他愛も無い出来事ばっかりですけど。


小学2年、金澤先生の思い出

あれは5月ごろだったと思う。実はなにげに転校生だったKKがすっかり馴染みきってたころ。
俺はその時期少し下痢気味な日々が続いていた。牛乳が好きだったけども下痢気味なときはさすがに我慢しないといけないけども、
治ったかなと思ったころに牛乳を飲む→下痢再発→またしばらく我慢→今度こそ治ったかなと思って飲む→また再発
というの流れが2回ほどあったことから、完治するまで我慢することにした。牛乳断ち。

で、我慢するということは給食の牛乳も飲まないわけで、先生には体調を理由に牛乳は飲まないことにしてもらっていたんだけども、俺があまりに頻繁に残したり残さなかったりを繰り返したのを怪しいと思ったのか、急に先生が

「この前治ったって言ってなかった?」

みたいな感じで詰め寄ってきた。
小学2年生なりに一連のいきさつを説明しようとしたがやはり聞く耳もたず。
たどたどしい言葉でそんなことを言っても必死に嘘をついて誤魔化そうとしているように見えたんだろう。

「先生そういうのは許さんよ。」

みたいな説教を気が済むまで言ってプイっと席に戻っていった。
しょうがないから牛乳を飲んで、そしてやっぱり下痢は再発した。

給食の牛乳って今思い出すと水っぽくて美味しくないですが、それでも当時の自分は好きだったわけで、自分の好きな牛乳を我慢しているのに「この子は牛乳が嫌いだから仮病を使って残そうとしている」みたいな浅はかな考え方をされてもねぇ・・・・。


「所詮子供だから」みたいな一言で、全ての行動の動機、理由、目的を単純に決め付けられるのが嫌だった。
子供なりにいろいろ考えた上での行動でもいつもそう。

このときは自分の好きなものを勝手に嫌いと決め付けられたことに理不尽さを感じた。


だからもし自分が大人になっても、子供を子供扱いしすぎないこと、子供は子供なりにいろいろ考えた上で行動していることがあることなんかは忘れないであげたいとよく思ったもんでした。
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