Lv.1
前回の幽白のときもそうだったけども実家に帰ると実家の漫画を読むのでそのレビューを書きたくなる。
しかし購入して本棚に保存しているくらいだからどれもかなりの思い入れがあるわけで、レビューを書こうと思うと凄く長くなったり、いくら書いても足りない気がしたりするんですよね。

寄生獣を初めて読んだのは高校のときだったんだけども、それから何度も読み返し、その度に新しい発見や感動がありました。自分が年を取るとそういうのも変わってくるんで、それを考えるといつまで経ってもレビューが書けないし、今現在の「久しぶりに読んだ感想」としてでも残しておきます。


――おおまかなあらすじ――

ある夜、宇宙から無数のテニスボール大の謎の球体が地上に舞い降りた。それは人間の頭部に寄生し、その宿主を乗っ取り、他の人間を食い殺すことで生き長らえる謎の寄生生物(パラサイト)だった。

しかし、主人公:新一は、パラサイトが頭部に寄生するのに失敗し、脳を乗っ取れなかったために人間部分を残したまま右腕に寄生する。パラサイト(右腕なのでミギーと名付ける)と新一との奇妙な同居生活が始まる。

世間ではパラサイトたちの捕食によるミンチ殺人事件が多発するが、パラサイトの存在に気付くものはいない。そんな中、人間としてただ一人その真相を知っている新一だが、研究施設のモルモットにされる懸念や他のパラサイトに命を狙われることを危惧し、ミギー含むパラサイトの存在は隠したまま、今まで通りの生活を続けようとする。

始めは人間を無差別に食い殺していた寄生生物たちも、次第にその存在を隠すために人間の生活へととけ込もうとするが、その一方で人間と共生しているミギーと新一の存在を危険とみなし始める。

やがてそれは新一の周囲をも巻き込みはじめ、寄生生物たちも新たな行動に出始める・・・

果たして寄生生物は何のために生まれ、何のために生きているのだろうか?
そして、新一が彼らに対して取る行動は・・・?



この漫画は娯楽として面白いのはもちろんなんですが、環境問題に関するメッセージ性もかなり強いです。「風の谷のナウシカ」がWWF世界自然保護基金の推薦映画だけども、この「寄生獣」の方がそういった件については核心にせまっているように思います。

動物や自然を大切にしようね。と呼びかけるだけではなく、「なぜ大切にしないといけないのか?」と言うところまで漫画の中で掘り下げられているんですね。

この漫画の連載が開始されたのが1990年だったんで、その当時は今ほど環境問題や自然保護の話は出ていませんでした。しかし5年という連載期間の間に世間も変わり、それが頻繁に囁かれるようになりました。すると、そういった世間の声をただ単に復唱するのもなんだかなぁって感じになったため、それが結果的には作品をさらに深いものにしました。(作者のあとがき参照)



この漫画ではミギーが大好きです。
人間を骨ごとぶった斬る鋭さとパワーを持つ反面、新一の部屋でニョロニョロとねりけしのように伸び縮みするそのギャップ、剛と柔を合わせ持つ美しさです。
ミギーステレオ

そして何よりあの知性。殺すか殺されるかのような状況でも丁寧な口調で淡々と冷静に新一にアドバイスする姿は憧れてしまいます。
何ィ
彼の言った「戦は『兵力』ではなく『勝機』だよ」という台詞が格好良すぎる。
ミギー流戦術

全てにおいて自分たちを上回る相手に対し、「強さ」や「大きさ」だけではなくその「質」に着目し、自分たちにしかできないことをフルに利用して挑む。戦うことの目的は兵力を比較することではなく、最終的に勝つこと。そしてそれは必ずしも兵力の比較で決まるものではない・・・ということですね。まさに目から鱗でした。すごいです。ミギー先生。

実際に寄生生物と戦うところではその都度どれも違った戦法だったりして、ワンパターンになりそうな寄生生物どうしの戦いが飽きることなく見られます。
馬の差


ミギーが好きなだけに終盤の展開は俺も泣きそうになります。

ミギー&新一のコンビはいわば人間と寄生生物の中間の立場にあるので、様々な経験を経て、人間やその他の動物、地球についての認識も変わってきます。
わたしもそれにはかなり影響を受けました。

今後も何度も読み直し新しい発見、新しい感動を見つけていきたいと思っております。



寄生獣 (1) 寄生獣 (1)
岩明 均 (1990/07)
講談社

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ちなみに、「完全版」などもでてますけど、表紙を比べるとやっぱオリジナル版の方がいいかなとか思ってます。
以上、ここまでは読んだことない人向けのレビュー。
ネタバレを含む感想はこちらへ続きます。
↓↓↓
「環境問題」、「自然保護」と言ったことについては最終巻でシンイチが地球をバックに言う言葉がそれまでのまとめとしてわかりやすく出ているのでとくに解説することもない思います。

あのシーンで使われている服を着せられた犬や、人間の嫌悪感を刺激するムカデなどの絵はすごく分かりやすい具体例ですね。自分も反省させられました。


一番好きなシーンは、やはり後藤との戦いのときの「このまぬけ!!はやくいけ!!」のシーン。

新一を利用してあらゆる手段を使ってでも自分の命を最優先にしていたはずのミギーが、ここでは逆に自らを犠牲にシンイチを庇う。新一が知らず知らずのうちにミギーに感化されていたのとおなじように、ミギーもまた知らず知らずのうちに自分の命を犠牲にしても他人を救おうとする人間っぽさを新一から影響されていたというのがわかります。

「これが死か」のあたりでは俺も新一と一緒に泣きたかった。


それにしてもラストの後藤との戦いの緊張感は凄い。「新一の頭には・・・」で始まるナレーションが入るあたり、「そろそろ自分の番ではないかというバランス意識」とか「行ってみればなんとかなるんじゃないか」とか、確かに自分でもそうなるかもなぁ・・・と自然と共感してしまい、それが臨場感へと繋がりました。息を止めて見そうになるくらいドキドキもんです。

でもその手前の老婆とのやりとりも好きだったりしてね。
なんだかんだでやさしいばあさん。新一も「よく考えて」というばあさんの言葉を後藤との戦いの最中に思い出す。

そして、結局最後は後藤にとどめをさした新一。やはり人間が他の生物の目線に立つことなんてできないんだ。というのが物語を通しての一つの結論です。

だから地球、自然、動物を保護するのもなんだかんだで結局は自分が滅ばないため、つまり自分たちを中心とした目的の下でやってるんですよね。

あと、後藤といえば新一が鉄の棒を廃棄物の山から引き抜くシーンで新一が散々試行錯誤し「~でもダメだし~でもダメ・・・結局可能性ほとんど0じゃないか」というシーンがありますよね。つまり、それだけ後藤に勝てたのは本当に奇跡で、普通なら後藤に殺されるのが自然なエンディングだった・・・というのがわかります。
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